ASEAN地域におけるジェンダーの視点から見る障害者の権利の主流化
18 January 2022
JAIFマネージメントチーム
近年、障害者の権利と機会均等を促進し、ASEAN共同体のあらゆる領域における政策や規制を改善するために、人間志向・人間中心のさまざまな取り組みが行われている。その一つが、日本政府の日・ASEAN統合基金(JAIF)を通じた支援や、その他の対話パートナーからの支援を受けて実施されている「ASEAN共同体における障害者の人権の主流化に関するASEAN政府間人権委員会(AICHR)地域対話」である。AICHR地域対話は2015年から実施されており、直近の対話は2021年12月に実施された。これらの地域対話での議論は、2018年の第33回ASEANサミットで採択された「ASEAN Enabling Masterplan 2025:障害者の権利の主流化」の策定と実施に貢献した。
タイ出身のArunee Limmanee氏とラオス出身のMetta Thippawong氏は、「ASEAN共同体における障害者の人権の主流化に関するASEAN政府間人権委員会(AICHR)地域対話2019(ジェンダー的視点から見る障害者の人権)」の参加者であり、対話での経験や、それぞれの国における障害者の人権の現状、将来への希望などを語った。
タマサート大学社会行政学部の副学部長であり、タイ身体障害者協会(APHT)の顧問、Disability Thailand(DTH)の子ども・若者・女性障害者部門の代表も務めるArunee Limmanees氏。自身も身体障害者であることから、学生時代から障害者の交通へのアクセスのためのボランティア活動を続けている。米国で社会福祉の修士号を取得後、タイ身体障害者協会(APHT)のメンバーとなり、移動が困難な人、身体障害者、特に社会的マイノリティや特別な支援を必要とする人々のサポートを通じて、日々障害者の人権を促進している。
障害者の権利におけるジェンダーの視点がメインテーマとなった2019年AICHR地域対話では、政策立案者、政府関係者、法執行機関、民間企業、学術界、その他のパートナーなど、さまざまなセクターから120人以上が参加した。3日間にわたり、「女性障害者と政治的権利」「ジェンダーの視点と司法制度」「障害を持つ女性と女児のための災害対策と管理」「障害を持つ女性と女児のためのインクルーシブ教育」「ビジネスにおける女性と障害者の権利の主流化」というテーマで議論が行われた。
Arunees氏は、対話を振り返り、「年に一度、ASEAN諸国の多様なセクターの関係者が集まり、それぞれの経験を共有する機会は、新しいアイデアを得る上で非常に貴重です」と語った。
「障害と聞くと、社会福祉に関係する省庁に目を向ける人が多いですが、障害者の問題は社会福祉や医療に限らず、企業、政治、教育、労働などあらゆる分野に影響を及ぼしています。」この事実は、障害のない人たちの目には見過ごされがちであると指摘する。今回の対話では、幅広い分野の専門家たちが集まり、災害への備えや管理など、あまり取り上げられることのない視点からの興味深い議論が行われた。
タイ政府は、2006年に国連障害者権利条約(CRPD)を批准するなど、障害者のための多くの法律、規制、政策を採択し、実施している。しかし、これらの法律や政策の実施にはギャップがあるとArunees氏は語る。
例えば、リハビリテーションや治療を無料で受けられる行政サービスがある。しかし、地方に住む障害者は、日々の収入を使って、治療を受けられる都市のサービスセンターまで足を運ばなければならない。タイ身体障害者協会(APHT)は、運動障害のある子どもたちに車椅子を提供している。しかし、この支援は当初期待されたほど役立っていない。学校は自宅から遠く、道路も舗装されていないため、車椅子で通うことはできない。特に都市部と地方では、利用できるサービスや情報に大きなギャップがあることを指摘する。
Arunees氏によれば、最大の問題は、タイでは女性障害者が政策や意思決定の過程にほとんど関与しておらず、女性障害者の国会議員が誰ひとりいないことである。障害者でありかつ女性であることで、二重の差別を受けることになる。地方に住む障害のある女性や女児には、さらに多くの困難がある。「このような人々を助ける最も手っ取り早い方法は、女性障害者を代表する国会議員が、政策立案者に直接話すことです」と主張する。「他人に頼るのではなく、自分たちの権利を、自分たちで守らなければならない時が来たのです。」
Arunees氏は立候補し、地方選挙、国政選挙を通過したものの、選挙管理委員会の最終選考で敗退した。女性障害者の声を国会に届けるため、挑戦は続く。
2019年AICHR地域対話では、参加者はそれぞれのグループセッションで、政治的権利、司法へのアクセス、災害管理、教育、ビジネス等の様々な問題について議論した。
© AICHRタイ代表
ラオスから対話に参加したMetta Thippawongs氏は、プログラムマネージャーとして矯正器具・人工装具事業協同組合(COPE)を率いている。Metta氏も身体に障害があり、他の障害者がより良い生活を送れるよう支援することに情熱を注いでいる。矯正器具・人工装具事業協同組合(COPE)はラオス保健省の医療リハビリテーションセンターと協力し、義肢や装具、その他の補助器具を必要とする身体障害者がリハビリテーションサービスを利用し、家族や地域社会との関わりを深めることで運動能力と尊厳を取り戻し、より質の高い生活を送れるよう支援している。
ラオスでは、都市部と農村部の両方において、ほとんどの女性や女児が慣習的に家事労働に従事しており、障害を持つ女性や女児の地位は地域社会で特に低く、教育やリハビリテーションサービスを受けることが難しい。また、地域社会に残る偏見から、家族の同伴がなければ外出することができない。「その結果、障害のある女性や少女は教育や社会活動に参加できず、家計の収入も減り、さらに生活が苦しくなるという悪循環に陥っています」と、Metta氏は説明する。
今回の対話において参加者は、JAIFが支援するさまざまなキャパシティービルディングを実施しているバンコクのアジア太平洋障害者センター(APCD)1を訪問する機会を得た。参加者は、同センターで行われている障害者団体向けのリーダーシップ研修を見学し、そこで働く障害者の専門家から障害者インクルージョン活動について沢山のことを学んだ。
対話の後、ラオスの障害者団体がASEAN Enabling Masterplan 2025を実施するための中心機関として、障害者主流化アドバイザリーサービス(DMAS)2 センターという現地組織が設立された。Metta氏は、自国での具体的な前進を目の当たりにして、とても喜んだ。DMASセンターの設立にあたり、アジア太平洋障害者センター(APCD)から得た学びは、コミュニティのあらゆる領域や政策における障害者の権利の主流化について、トレーニングを提供したり、人々を教育することに活用された。DMASセンターの活動により、ラオスの障害者団体は、障害者の教育、政治、経済へのアクセスを支援するマスタープランの76の主要な行動計画について、より深く理解することができた。
今後、ラオスが障害者の権利の主流化において一歩先を行く国々から学び、ASEAN Enabling Masterplan 2025の実施を定期的に確認できるよう、ASEAN諸国間でこのような対話を継続するべきだと考えている。
Metta氏は、「対話で強調された人権に基づくアプローチは、ラオスの障害を持つ女性や少女が直面する障壁を軽減するのに役立ち、ひいては、より強くレジリエントなASEANコミュニティにつながるはずです」と語る。
集合写真を撮るArunee氏(前列右から1人目)、Mettas氏(前列左から3人目)と2019年AICHR地域対話の参加者たち。
© AICHRタイ代表
JAIFの人権関係支援は、2015年から2019年までの5回にわたる「障害者の人権の主流化に関するASEAN政府間人権委員会(AICHR)地域対話」を含む、AICHRが実施するプロジェクトに反映されている。これらの対話の集大成として採択された「ASEAN Enabling Masterplan 2025」は、「ASEAN共同体ビジョン2025」を補完し、政治、経済、社会というASEAN共同体の3つの柱すべてにおいて、障害者の権利を主流化するために不可欠なツールとなっている。また、同マスタープランは、包摂的なASEAN共同体に向けた、ASEAN加盟国の取り組みを促進するものである。
1 アジア太平洋障害者開発センター(APCD)は、開発と障害者のための地域センターである。APCDは、1993年から2002年の「アジア太平洋障害者の10年」の遺産として、タイ王国政府 社会開発・人間安全保障省と日本政府 独立行政法人国際協力機構(JICA)の共同協力により、タイ・バンコクに設立された。
2 障害者主流化アドバイザリーサービス(DMAS)センターは、2019年8月に米国の支援を受けて設立され、ビエンチャンやラオスの他の州において、障害者が質の高いサービスを受け、尊厳を持って自立して生活し、コミュニティに完全に参加できるような最大の能力を発揮できるよう支援することを目的としている。DMASは、公的機関や民間企業に対して、障害者のインクルージョンに関してのアドバイザリーサービスや技術的な専門知識を提供している組織である。