分類能力向上を通じた、ASEANの生物多様性保全の取り組み
2019年11月29日

分類能力向上を通じた、ASEANの生物多様性保全の取り組み

ASEAN生物多様性センター(ACB)

ASEANにおける生物多様性の保全は、分類学(種を特定し分類する科学)を含む、幅広い課題に関わっている。分類学は、種そのものと、その種が生態系で果たす役割を知り、理解するための基礎となるため、保全活動にとって不可欠である。

「ASEAN生物多様性の保全と持続可能な利用のための分類学とガバナンスの能力構築に関するプロジェクト」を通じてASEANは、域内の分類能力の強化に取り組んできた。2010年から2016年にかけて3フェーズにわたって実施されたこのプロジェクトでは、 世界分類学イニシアティブ(GTI) ASEAN作業計画2010-2015に沿って、18の研修ワークショップと4つのインターンシッププログラムが実施された。ASEAN加盟10ヶ国から、博物館、植物園、学術機関、ASEAN遺産公園/保護地域、政府保全機関に所属する449人が、これらの能力向上活動に参加した。以下は、研修を受けた受講者らの、個人的な体験談である。

「私はボゴリエンセの植物園で単子葉植物の学芸員をしているので、この研修は私の日々の業務に加えて、ラタンを中心としたヤシ科の植物分類に非常に役立っています。2014年には、同僚のJohn Dransfield博士、Edwino Fernando博士と共に、Kew Bulletin誌で新種の1つを発表しました。」 – ボゴリエンセ植物園(インドネシア) Himmah Rustiana氏


タイ・チェンマイのドイ・インタノン国立公園にて10日間かけて実施された、高山帯の維管束植物に関する分類学研修に参加したASEAN地域の参加者 
© ASEAN生物多様性センター(ACB)

「研修で得た知識と技術を活用して、ラオスの植物、特にナムハ国立保護区、ヒンナムノー国立公園、ナムカデン国立公園の植物を調査する予定です。さらに、ワークショップで得た知識を活かし、現在5,000以上の標本があるラオス国立大学の植物園のために植物標本を収集する予定です。今後も共に研修を受けた仲間たちと連絡を取り合い、経験を共有し、他国で開講されている植物学・分類学のコース概要や、それらのコースで必要とされるトピックについての参考資料共有など、情報交換を続けていきます。」 – ラオス国立大学(ラオス) Phetlasy Souladeth氏

「研修は、海洋公園に勤務する私の仕事に役立つもので、内容はとてもよくまとまっていました。座学と実習の両方が組み込まれていて、またミニ・プロジェクトは楽しく、ためになりました。」 – マレーシア海洋公園局(マレーシア)Mohammed Nizam Bin Ismail氏

「サラワク州の国立公園内の植物について、(研修で作成したものと)同様のガイドブックを作成しています。同じ植物学のバックグラウンドを持っていない他の参加者と一緒にガイドブックを作る過程は、とても興味深かったです。植物学者や分類学者が見落としがちな特徴を新たな視点に気づかせられたり、説明になるべく植物学の専門用語を使わないように工夫できました。」 – サラワク林業公社(マレーシア) Julia Sang氏

Photo-2_Taxonomy-Gunung-Mulu_ACB.jpgグヌン・ムル国立公園(マレーシア)にて「公園管理スタッフのための生物多様性評価方法論、データ収集、コミュニケーション及び意識啓発に関する研修」に参加したASEAN地域の分類学者と公園管理スタッフたち
© ASEAN生物多様性センター(ACB)

「この研修で学んだことは、大学院で体系学を専攻している私の仕事や研究にとても役立っています。研修プログラムでは、中央ミンダナオ大学生物学部の大学院生と学部生、そして研究助手が、インドネシアのバリ島とタイのチェンマイで開催された研修ワークショップで提供された分類項目と書籍を使用して、シダ植物(シダ類と小葉植物)とコケ植物の基本的な分類学的同定と分類について学びました。この研修を通じて、将来的な共同研究やコンサルティングのために、他の国の人たちとの友情・繋がりを築くことができました。」 – 中央ミンダナオ大学(フィリピン) Fulgent P. Coritico氏

「この研修で最も印象に残ったのは、Benito Tan博士が研修を盛り上げるために特別に企画した『コケレース』です。これは、グループに分かれて、訪れた場所ごとにできるだけ多くの種を採集し、研究室に戻ってそれらを同定するというものでした。この経験によって細部に注目する能力が鍛えられ、コケ類のさまざまな種を知る機会にもなりました。結果は、驚くことに、私たちのグループは2位に入賞しました。」– シンガポール国立公園局(シンガポール) Woo Pui Min Henrietta氏


研修を通じて、参加者は、種の採集・同定・標本管理に関する科学的知識と手法を学んだ。さらに、4つのガイドブック と6つの研修マニュアルが作成され、ASEAN加盟国の参考資料として印刷・配布された。また、分類学研修の過程で新たな発見もあった。参加者がインドネシア科学院(LIPI)の植物園で、未記載種のヤシ科植物を発見し、また、タイ北部で新たなコケ類とシダ植物がそれぞれ1種ずつ発見された。

本プロジェクトは、日本の環境省(MoE-J)、環境省生物多様性センター、東・東南アジア生物多様性 情報イニシアティブ(ESABII)の多大な協力と技術支援を得て、ASEAN生物多様性センター(ACB) が実施し、自然保護と生物多様性に関するASEANワーキンググループ(AWGNCB)によって監督された。また、本プロジェクトは日・ASEAN統合基金(JAIF)を通じた日本政府の支援を受けている。

 


1本稿は、ASEAN生物多様性センター(ACB)が日本政府の支援により日・ASEAN統合基金(JAIF)を通じて発行した「ASEANにおけるJAIFプロジェクトの分類能力構築活動のインパクト評価(2010-2016)」 から抜粋したものである。


実施機関

ASEAN Centre for Biodiversity (ACB)

セクター

Food, Agriculture and Forestry

資金枠組み

ASEAN地域金融危機に関する緊急経済援助(EEA)

関連受益者の声

ASEAN地域における害虫・病害の分類能力構築

ASEAN地域における害虫・病害の分類能力構築

国連食糧農業機関(FAO)の報告1は、新興植物病害の半数は、国境を越えた渡航や貿易によって広がっていると指摘する。 ASEAN地域の農産物貿易量が増加する中で、一連の検疫システムは病害虫の潜在的経路に対応していく必要がある。  ASEAN加盟国は、農産物に関連する検疫リスクを特定・管理し、病害虫を正確に診断するために、分類学的知識に関する能力を開発・強化する必要性を長年認識していた。 その結果、農作物に関するASEANセクター別ワーキンググループの支持を得て、ASEAN地域診断ネットワーク(ARDN)が設立された。 これは、「東南アジア地域で検出された農業上重要な生物(特に植物の害虫、病気、有害な雑草)の識別情報を提供するシステムとして想定されている」。 様々な機関の中でもARDNは、ASEANの専門家に分類学的能力向上プログラムを実施することで、国や地域の診断能力を高めるための枠組みを提供している。  JAIFは過去数年間、「ASEAN域内での農業貿易への市場アクセスのための分類能力構築」プロジェクトを通じて、ARDNの支援に尽力してきた。このイニシアティブの下で、専門家や診断機関のデータベースが構築された。 今回、インドネシアとシンガポールからの参加者2名が、70名近くの植物衛生専門家が参加したトレーニングでの経験について振り返る。  Hendrawan Samodra氏(インドネシア農業省農業検疫庁 植物検疫バイオセーフティセンター 上級植物検疫官)  沖縄の那覇植物防疫所でのミバエ撲滅プロジェクトを視察©ASEAN植物衛生協力ネットワーク (APHCN)  
2022年8月28日
ASEANの国営放送局、ASEAN関連コンテンツ開発で協力

ASEANの国営放送局、ASEAN関連コンテンツ開発で協力

ASEANは、そのビジョンである 「ASEAN: A Community of Opportunities for All(全ての人に機会が与えられるコミュニティ)」を実現するために、長年にわたって大きな発展を遂げてきた。しかし、ASEAN共同体形成の意味をより深く理解することは、依然として困難な課題である。ASEANの人々の日々の暮らしを垣間見ることができる興味深いコンテンツを作り出すことは、ASEAN共同体がもたらす利益と機会を広く伝えるための重要な手段となっている。 メディアの役割は、アイデンティティの形成やコミュニティの構築において、ますます重要視されてきている。ASEANはメディア、特に国営放送局とのパートナーシップによって、ASEANとコミュニティとの橋渡しをしている。しかしASEAN諸国の国営放送局は、それぞれの限界に直面し、課題を抱えている。彼らにとっては、ASEANに関連したコンテンツを制作することだけでなく、メディア従事者の能力を向上させることも課題となっている。 ラオス国営テレビ(LNTV)の制作クルーらは、「日ASEAN協力に関するドキュメンタリー番組の制作を通じた ASEAN域内放送事業者の能力向上プロジェクト(ASEAN50周年記念)」の一環として、「ASEAN Now and the Future – Connectivity and Economic Corridors」に関する一連のドキュメンタリー番組制作に関与した経験を振り返った。制作チームは、プロジェクトの成果は、出来上がったドキュメンタリー番組そのものだけではなく、その制作を通して得た経験だと語る。一連の経験が彼らにとってどのような意味を持ち、何を得たのかを聞いた。
2020年9月29日
有機農法を学ぶASEAN地域の農家たち

有機農法を学ぶASEAN地域の農家たち

経費の削減、収穫量の増加、収入の増加、そして地域社会にとってより安全で健康的な食糧の生産という、持続的な有機農業の利点を実感するASEANの農家が増えている。今回は、フィリピンの有機農家であるDewey氏、Moses氏、Renato氏の3人に、有機農法を導入した理由と経緯を聞いていく1。 I有機農業の最終的な受益者である農家らをプロジェクトに関与させることは、理論と実践をつなぐ試みだけでなく、彼ら自身を巻き込み、取り組みに従事してもらうための試みにもなっている。
2019年3月30日