ASEAN地域における害虫・病害の分類能力構築
2022年8月28日

ASEAN地域における害虫・病害の分類能力構築

JAIFマネージメントチーム

国連食糧農業機関(FAO)の報告1は、新興植物病害の半数は、国境を越えた渡航や貿易によって広がっていると指摘する。 ASEAN地域の農産物貿易量が増加する中で、一連の検疫システムは病害虫の潜在的経路に対応していく必要がある。 

ASEAN加盟国は、農産物に関連する検疫リスクを特定・管理し、病害虫を正確に診断するために、分類学的知識に関する能力を開発・強化する必要性を長年認識していた。 その結果、農作物に関するASEANセクター別ワーキンググループの支持を得て、ASEAN地域診断ネットワーク(ARDN)が設立された。 これは、「東南アジア地域で検出された農業上重要な生物(特に植物の害虫、病気、有害な雑草)の識別情報を提供するシステムとして想定されている」。 様々な機関の中でもARDNは、ASEANの専門家に分類学的能力向上プログラムを実施することで、国や地域の診断能力を高めるための枠組みを提供している。 

JAIFは過去数年間、「ASEAN域内での農業貿易への市場アクセスのための分類能力構築」プロジェクトを通じて、ARDNの支援に尽力してきた。このイニシアティブの下で、専門家や診断機関のデータベースが構築された。 今回、インドネシアとシンガポールからの参加者2名が、70名近くの植物衛生専門家が参加したトレーニングでの経験について振り返る。 

Hendrawan Samodra氏(インドネシア農業省農業検疫庁 植物検疫バイオセーフティセンター 上級植物検疫官) 

沖縄の那覇植物防疫所でのミバエ撲滅プロジェクトを視察
©ASEAN植物衛生協力ネットワーク (APHCN)

 

日本の国立植物衛生研究所への視察を兼ねたミバエの識別に関するワークショップは、2017年にインドネシア農業検疫庁植物検疫バイオセーフティセンターに入社したHendrawan氏にとって、初めての研修であった。「これらのキャパシティービルディングは、私個人にとっても職場にとっても、非常に有益なものでした」と語る。Hendrawan氏はこの研修を通じて、インドネシアでも適用可能な知識を得ることができた。「羽田空港の植物検疫システムについて学ぶことで、インドネシアの植物検疫システムの質を向上させるための実践的な知識を得ることができました。 那覇の植物防疫所への訪問は、インドネシアからの熱帯果実の輸出プロセスに応用できるものでした。例えば、マンゴスチンを輸出する際、洗浄工程や害虫の再侵入防止など、輸出先の要求に関連した、より詳細な技術指導を行うようになりました。」 

Hendrawan氏は、日本滞在中の2週間に、7つの植物検疫施設を訪問した。中でも注目されたのは、筑波にある入国後検疫(PEQ)施設の視察であった。「日本の入国後検疫(PEQ)施設は非常に優れています。残念ながら、インドネシアにはまだ入国後検疫施設(PEQ)はありません。筑波のような入国後検疫施設(PEQ)を持つことが私たちの夢であり、今回の視察は、将来的にインドネシアに入国後検疫施設(PEQ)を建設するための励みになりました。」 

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他の植物衛生担当者とともに、筑波の入国後検疫(PEQ)施設を訪問したHendrawan氏
©ASEAN植物衛生協力ネットワーク (APHCN)

Hendrawan氏は、インドネシアの植物検疫システムにはまだ課題があると認識しつつも、インドネシア応用研究農業検疫(ARIAQ)の新任植物検疫官にミバエの形態学的識別を教えることで、自分が得た知識を共有する機会を得た。 

Ariene G. Castillo 氏(シンガポール国立公園局動植物衛生センター シニアサイエンティスト )

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インドネシア・ボゴールで実施された「農業上重要な葉害虫の診断に関する訓練ワークショップ」でのAriene氏
©ASEAN植物衛生協力ネットワーク (APHCN)

Ariene氏は、潜葉虫診断の研修ワークショップの参加者の中から、成績優秀者の一人として選ばれ、日本で2ヶ月間の派遣プログラムに参加することとなった。同氏はこのプログラムを通じて、経済的に重要な潜葉虫類の分類学的識別について、より深い知識を得た。また、奈良県大和郡山市で12kmの道のりを歩いて標本を採取したときのことをこう話す。「サクラやミズナラなどの植物から、 採葉の症状がある葉や、葉を食べる幼虫やさなぎの痕痕跡のある葉を調べました。」

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奈良県高円山での潜葉虫の採集の様子
©Ariene G. Castillo氏

この派遣プログラムでは、日本各地の大学や機関から17名の専門家や研究者が参加し、参加者に潜葉虫診断のためのさまざまな技術を教授した。「北から南まで、日本のさまざまな地域で勉強する機会を得ました。専門家たちは、潜葉虫やその他の害虫について、伝統的な技術と分子技術を組み合わせて異なる診断技術を示し、あらゆる害虫の診断に対応できる診断能力を広げてくれました。」さらにこのプログラムによって、参加者は情報交換のためのネットワークを作り、頼れる診断の専門家もできたことで、将来的に新しい害虫や未知の害虫の同定を迅速に行うことができる、とAriene氏は加えた。 

派遣プログラムに参加した後、Ariene氏は同プログラムで得た技術を、勤務先の他の昆虫学者に伝えることができたという。このプログラムは自分の自信を高めるだけでなく、所属機関の能力向上にも寄与したと考えている。 


「ASEAN域内での農業貿易への市場アクセスのための分類能力構築」プロジェクトは、日・ASEAN統合基金(JAIF)の支援を受けて2019年に実施された。本プロジェクトは、同年に開始した第2フェーズに引き継がれ、2023年まで継続される予定。第2フェーズでは、ASEAN加盟国から40名の植物衛生担当者が参加し、その効果が期待されている。

 


1 IPPC事務局2021。気候変動が植物害虫に及ぼす影響に関する科学的調査- 農林業・生態系における植物害虫リスクを予防・軽減するための世界的課題。IPPC 事務局を代表する FAO(ローマ)。


セクター

Food, Agriculture and Forestry

資金援助の枠組み

ASEAN地域金融危機に関する緊急経済援助(EEA)

関連受益者の声

ASEAN経済の持続可能な発展を促進する、起業家ネットワークのためのASEANメンターシップ(AMEN)

ASEAN経済の持続可能な発展を促進する、起業家ネットワークのためのASEANメンターシップ(AMEN)

起業家精神は経済成長の中心にあり、中小零細企業(MSME)は、イノベーション、そしてASEAN域内の経済統合を促進する上で重要な役割を果たしている。2023年9月にインドネシアのジャカルタで開催された第43回ASEAN首脳会議では、ASEANの中小零細企業が持つ潜在能力が強調され、加盟国に対し、 包摂的なビジネスモデルの中で中小零細企業の強化を支援し、公平な成長のために一層支援を強めていく. ことが求められた。特に、ASEAN中小零細企業のデジタル化・グリーン経済・サプライチェーンといった分野において、ビジネスの包摂性を促進していく必要がある。 I多様な背景を持つASEANにおける起業家たちは、デジタルリテラシーや継続的なメンターシップの不足など、様々な課題に直面している。このような課題に対処するため、起業家ネットワークのためのASEANメンターシップ(AMEN)が設立され、包括的なメンターシップを提供し、起業家が自信とレジリエンスをもってビジネスの複雑性を乗り越えていけるよう支援している。AMENは、起業のどの段階においてもモチベーションが高まるよう、各個人に合わせて設計されたメンタリングプログラムを提供することで、起業家が抱える課題を解決に導いてきた。 今回はAMENのメンティー数名が、モジュール、メンターシップ、ネットワーキングを通じて、このイニシアティブが、いかに自身のビジネスの成長に貢献したかについて語った。
2024年2月19日
強固なネットワークと相互信頼による、メコン圏の大学の格差是正

強固なネットワークと相互信頼による、メコン圏の大学の格差是正

2015年12月のASEAN経済共同体の設立以来、ASEAN地域では熟練労働者、資本、モノ、情報、テクノロジーの流動が進む一方で、ASEAN原加盟国と比較的新しいASEAN加盟国であるカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)との間にある開発格差の是正は、未だにASEAN共同体の統合へ向けた最大の課題である。日・ASEAN統合基金(JAIF)は、設立以来10年以上にわたり、特にCLMV諸国の人材能力開発において、この開発格差の是正に注力してきた。 ASEAN事務局の協力を得て、JAIFの枠組みのもと、東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センター(SEAMEO RIHED)は、2018年から2019年にかけて「大メコン圏大学コンソーシアム能力向上支援プロジェクト(フェーズ1)」 を実施した。本プロジェクトは、人材育成に重点を置いた、CLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)の高等教育の強化を目的とした。また、同プロジェクトは、ASEAN地域における人と人とのつながりや人材育成の強化を通じて開発格差の是正を目指す、インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)の優先分野にも貢献している。 本プロジェクトは、大メコン圏大学コンソーシアム(GMS-UC)加盟の、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムの22の大学を対象とした。プロジェクトは2年間の活動を通じて、ASEAN地域の高等教育機関全体の質と競争力を高めることを目的としている。 プロジェクトでは、高等教育関係者を対象とした主に4つの活動が実施された。まず大学のリーダーを対象とした「学長フォーラム 」、そしてシニアリーダーを対象とした、戦略的課題の特定・ビジョンの策定・戦略的計画の構築・大学の質保証のための「マネージメントリーダーシップ開発ワークショップ」。加えて、教育・研究のグッドプラクティスやアプローチを共有するためのプラットフォームとして、「教育・研究能力開発ワークショップ」が実施された。 最後に、「国際化と国境を越えた教育」として、学生、卒業生、産業界、そして日本の研究助成機関などの主要なステークホルダーが、一堂に会して、日本とASEAN諸国の国際化の取り組みについて学ぶ場が設けられた。 これらの活動は、大メコン圏大学コンソーシアム(GMS-UC)加盟大学の質の継続的な向上につながり、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)の大学と、他のASEAN高・中所得国の大学の質の差の是正に貢献した。 プロジェクトの提案者である、東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センター(SEAMEO RIHED)のセンター長 Romyen Kosaikanont博士は、CLMV諸国は大きな可能性を秘めているが、同時に開発格差もある、と振り返る。政府間組織である東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センターは、メコン圏の各政府と密接な関係にあり、このプロジェクトが高等教育分野の強化だけでなく、メコン圏全体の発展と統合のためのターニングポイントになると確信していたと語る。また、同センターのプログラムオフィサーであるVo Tran Trung Nhan氏は、「大メコン圏の地方の高等教育は、高等教育機関の能力向上のために、地域による支援が必要であった」と述べる。本プロジェクトは、ニーズに基づいたアプローチを採用し、能力開発を必要とする対象大学の質の向上に取り組んだ。 インタビューでは、カンボジア、ラオス、ミャンマーからのプロジェクト参加者が、実際の経験や学び、また現場で得た知識をどのように活用しているかについて語った。 ミャンマー 東ヤンゴン大学 学長 Kyaw Kyaw Khaung教授 学長フォーラムに参加した東ヤンゴン大学のKyaw教授は、フォーラムで共有された専門知識に高揚感を覚えたと述べる。Kyaw氏は、ミャンマーの高等教育の国際化にとても熱心で、逆境の中でも日々努力を続けている。ミャンマーの大学は、政府からの資金援助が唯一の資金調達手段であり、そのほとんどが教職員の給与に充てられているため、常に資金不足に直面している。そのため、研究の発展には資金を割くことができない。東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センターのAIMS(Asian International Mobility for Students)プログラムを取り入れ、学生が異文化を体験できるように監督官庁に交渉しているが、正直なところ簡単ではないと話す。プロジェクトの一環として実施した施設訪問では、日本の専門家が東ヤンゴン大学を訪れ、学生たちに講義を行い、意見交換の場を設けた。これが、多くの学生や学部の人々の目を開かせるきっかけとなった。「国際化とは海外留学だけでなく、国内でもできることはたくさんある」とKyaw氏は述べる。さらに、この意見交換から得たもう一つの学びは、学生が世界のトレンドを意識することの重要性である。同大学では、産業界と大学との関係を強化し、ミャンマーにおける産業のさらなる発展を実現することを目指して、近隣の中小企業とのインターンシッププログラムを開始した。 カンボジア スヴァイリエン大学 学長 Tum Saravuth教授 カンボジアでは、過去に起こった悲劇により、大学で教えることのできる博士号取得者の人数が少ない。スヴァイリエン大学のSaravuth教授は、「現在新しい教育システムを構築していますが、道のりは長いです」と語る。スヴァイリエン大学は、2005年に設立された。同大学は、国際化への第一歩を踏み出したばかりで、マネージメントリーダーシップワークショップから多くのことを学んだ。同大学は、さまざまなハイテク工場が立ち並ぶ経済特区に位置しており、学長は、カンボジアにおける高度なスキルを持つ労働力の必要性を認識している。カンボジアの教育・青年・スポーツ省の局長を通じて、同じ大メコン圏大学コンソーシアムのメンバーであるタイのモンクット王工科大トンブリー校(KMUTT)と連絡を取り、情報交換と定期的な訪問を始めた。スヴァイリエン大学は、モンクット王工科大トンブリー校と共同で、国際的に認証されたエンジニアリングプログラムを立ち上げるための、10年戦略計画を立案した。Saravuth教授は、プロジェクトを通じて構築された強力なネットワークと、大学の戦略的目標の設定方法に関するベストプラクティスの共有が、同大学にとって最も有益であったと述べている。 カンボジア チア・シム大学 副学長 Yean Sambo教授 チア・シム大学のSambo教授も、教育・研究能力開発ワークショップで得た単位互換制度のノウハウを実践した、受益者の一人だ。同大学はベトナム国家大学農学部と共同学位プログラムを立ち上げ、2019年から2020年の2年間で50名の学生をベトナムに派遣している。 アジア太平洋地域で広く採用されている単位互換制度「アジア太平洋大学交流機構(UMAP)」の創設者である堀田泰司教授は、本プロジェクトに参加した専門家でもあり、ASEAN地域における大学の質の保証と単位互換制度の調和を実現するために、国際化や国境を越えた教育に関する専門知識を共有した。Sambo副学長は、欧米や日本の手法をただ真似るという考え方に陥ることなく、自国の大学のニーズに合ったカリキュラムを設定し、自国のシステムに適した方法を具体的に学ぶことができたと述べている。 ラオス 国立大学 大学院研究室長 Kaisone Phengsopha教授 ラオス国立大学のKaisone教授は、ラオスの教育の質はASEAN加盟国の中で最も低い部類に入ると、正直に述べた。特に新型コロナウイルスの大流行で、ラオスの大学は新たな苦境に立たされている。インフラや設備が乏しい中でもカリキュラムを中断させないために、学部も学生も複雑なテクノロジーを駆使した新しい学習方法を取り入れようと奮闘している。しかしKaisone氏は、ワークショップで学んだことの多くが、教育の質を向上させるために実践されていると断言する。とりわけ、日本の専門家が共有した、大学経営と教育の国際化のための戦略的計画の策定に関する知識は、2025年までの大学の5ヶ年計画を設計する上で大きく役立ったと言う。この計画には、CLMVの大学との学生・職員の交換プログラムや、海外の著名大学との共同研究プログラムなどが含まれている。また、大学のリーダーにとってSWOT(Strength Weakness Opportunities and Threats)分析の実践方法は、プロジェクトで得た最も重要な学びの一つであった。この分析手法によって、大学のリーダーらは、大学の課題はどこにあるのか、何を強化すべきなのかを明確にすることができた。ラオスでは雇用機会が少ないため、若い世代が自ら訓練を受け、新たな雇用機会を創出することが重要である。ラオス国立大学はこの課題に対処するため、ビジネス開発モジュールを開発し、すべての学習プログラムに導入することで、学生が自分の専門分野に関連したビジネスを立ち上げることを支援している。
2021年7月29日
分類能力向上を通じた、ASEANの生物多様性保全の取り組み

分類能力向上を通じた、ASEANの生物多様性保全の取り組み

ASEANにおける生物多様性の保全は、分類学(種を特定し分類する科学)を含む、幅広い課題に関わっている。分類学は、種そのものと、その種が生態系で果たす役割を知り、理解するための基礎となるため、保全活動にとって不可欠である。 「ASEAN生物多様性の保全と持続可能な利用のための分類学とガバナンスの能力構築に関するプロジェクト」を通じてASEANは、域内の分類能力の強化に取り組んできた。2010年から2016年にかけて3フェーズにわたって実施されたこのプロジェクトでは、 世界分類学イニシアティブ(GTI) ASEAN作業計画2010-2015に沿って、18の研修ワークショップと4つのインターンシッププログラムが実施された。ASEAN加盟10ヶ国から、博物館、植物園、学術機関、ASEAN遺産公園/保護地域、政府保全機関に所属する449人が、これらの能力向上活動に参加した。以下は、研修を受けた受講者らの、個人的な体験談である。 「私はボゴリエンセの植物園で単子葉植物の学芸員をしているので、この研修は私の日々の業務に加えて、ラタンを中心としたヤシ科の植物分類に非常に役立っています。2014年には、同僚のJohn Dransfield博士、Edwino Fernando博士と共に、Kew Bulletin誌で新種の1つを発表しました。」 – ボゴリエンセ植物園(インドネシア) Himmah Rustiana氏
2019年11月29日