強固なネットワークと相互信頼による、メコン圏の大学の格差是正
2021年7月29日

強固なネットワークと相互信頼による、メコン圏の大学の格差是正

JAIFマネージメントチーム

2015年12月のASEAN経済共同体の設立以来、ASEAN地域では熟練労働者、資本、モノ、情報、テクノロジーの流動が進む一方で、ASEAN原加盟国と比較的新しいASEAN加盟国であるカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)との間にある開発格差の是正は、未だにASEAN共同体の統合へ向けた最大の課題である。日・ASEAN統合基金(JAIF)は、設立以来10年以上にわたり、特にCLMV諸国の人材能力開発において、この開発格差の是正に注力してきた。

ASEAN事務局の協力を得て、JAIFの枠組みのもと、東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センター(SEAMEO RIHED)は、2018年から2019年にかけて「大メコン圏大学コンソーシアム能力向上支援プロジェクト(フェーズ1)」 を実施した。本プロジェクトは、人材育成に重点を置いた、CLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)の高等教育の強化を目的とした。また、同プロジェクトは、ASEAN地域における人と人とのつながりや人材育成の強化を通じて開発格差の是正を目指す、インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)の優先分野にも貢献している。

本プロジェクトは、大メコン圏大学コンソーシアム(GMS-UC)加盟の、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムの22の大学を対象とした。プロジェクトは2年間の活動を通じて、ASEAN地域の高等教育機関全体の質と競争力を高めることを目的としている。

プロジェクトでは、高等教育関係者を対象とした主に4つの活動が実施された。まず大学のリーダーを対象とした「学長フォーラム 」、そしてシニアリーダーを対象とした、戦略的課題の特定・ビジョンの策定・戦略的計画の構築・大学の質保証のための「マネージメントリーダーシップ開発ワークショップ」。加えて、教育・研究のグッドプラクティスやアプローチを共有するためのプラットフォームとして、「教育・研究能力開発ワークショップ」が実施された。 最後に、「国際化と国境を越えた教育」として、学生、卒業生、産業界、そして日本の研究助成機関などの主要なステークホルダーが、一堂に会して、日本とASEAN諸国の国際化の取り組みについて学ぶ場が設けられた。

これらの活動は、大メコン圏大学コンソーシアム(GMS-UC)加盟大学の質の継続的な向上につながり、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(CLMV)の大学と、他のASEAN高・中所得国の大学の質の差の是正に貢献した。

プロジェクトの提案者である、東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センター(SEAMEO RIHED)のセンター長 Romyen Kosaikanont博士は、CLMV諸国は大きな可能性を秘めているが、同時に開発格差もある、と振り返る。政府間組織である東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センターは、メコン圏の各政府と密接な関係にあり、このプロジェクトが高等教育分野の強化だけでなく、メコン圏全体の発展と統合のためのターニングポイントになると確信していたと語る。また、同センターのプログラムオフィサーであるVo Tran Trung Nhan氏は、「大メコン圏の地方の高等教育は、高等教育機関の能力向上のために、地域による支援が必要であった」と述べる。本プロジェクトは、ニーズに基づいたアプローチを採用し、能力開発を必要とする対象大学の質の向上に取り組んだ。

インタビューでは、カンボジア、ラオス、ミャンマーからのプロジェクト参加者が、実際の経験や学び、また現場で得た知識をどのように活用しているかについて語った。

ミャンマー 東ヤンゴン大学 学長 Kyaw Kyaw Khaung教授

学長フォーラムに参加した東ヤンゴン大学のKyaw教授は、フォーラムで共有された専門知識に高揚感を覚えたと述べる。Kyaw氏は、ミャンマーの高等教育の国際化にとても熱心で、逆境の中でも日々努力を続けている。ミャンマーの大学は、政府からの資金援助が唯一の資金調達手段であり、そのほとんどが教職員の給与に充てられているため、常に資金不足に直面している。そのため、研究の発展には資金を割くことができない。東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センターのAIMS(Asian International Mobility for Students)プログラムを取り入れ、学生が異文化を体験できるように監督官庁に交渉しているが、正直なところ簡単ではないと話す。プロジェクトの一環として実施した施設訪問では、日本の専門家が東ヤンゴン大学を訪れ、学生たちに講義を行い、意見交換の場を設けた。これが、多くの学生や学部の人々の目を開かせるきっかけとなった。「国際化とは海外留学だけでなく、国内でもできることはたくさんある」とKyaw氏は述べる。さらに、この意見交換から得たもう一つの学びは、学生が世界のトレンドを意識することの重要性である。同大学では、産業界と大学との関係を強化し、ミャンマーにおける産業のさらなる発展を実現することを目指して、近隣の中小企業とのインターンシッププログラムを開始した。

カンボジア スヴァイリエン大学 学長 Tum Saravuth教授

カンボジアでは、過去に起こった悲劇により、大学で教えることのできる博士号取得者の人数が少ない。スヴァイリエン大学のSaravuth教授は、「現在新しい教育システムを構築していますが、道のりは長いです」と語る。スヴァイリエン大学は、2005年に設立された。同大学は、国際化への第一歩を踏み出したばかりで、マネージメントリーダーシップワークショップから多くのことを学んだ。同大学は、さまざまなハイテク工場が立ち並ぶ経済特区に位置しており、学長は、カンボジアにおける高度なスキルを持つ労働力の必要性を認識している。カンボジアの教育・青年・スポーツ省の局長を通じて、同じ大メコン圏大学コンソーシアムのメンバーであるタイのモンクット王工科大トンブリー校(KMUTT)と連絡を取り、情報交換と定期的な訪問を始めた。スヴァイリエン大学は、モンクット王工科大トンブリー校と共同で、国際的に認証されたエンジニアリングプログラムを立ち上げるための、10年戦略計画を立案した。Saravuth教授は、プロジェクトを通じて構築された強力なネットワークと、大学の戦略的目標の設定方法に関するベストプラクティスの共有が、同大学にとって最も有益であったと述べている。

カンボジア チア・シム大学 副学長 Yean Sambo教授

チア・シム大学のSambo教授も、教育・研究能力開発ワークショップで得た単位互換制度のノウハウを実践した、受益者の一人だ。同大学はベトナム国家大学農学部と共同学位プログラムを立ち上げ、2019年から2020年の2年間で50名の学生をベトナムに派遣している。 アジア太平洋地域で広く採用されている単位互換制度「アジア太平洋大学交流機構(UMAP)」の創設者である堀田泰司教授は、本プロジェクトに参加した専門家でもあり、ASEAN地域における大学の質の保証と単位互換制度の調和を実現するために、国際化や国境を越えた教育に関する専門知識を共有した。Sambo副学長は、欧米や日本の手法をただ真似るという考え方に陥ることなく、自国の大学のニーズに合ったカリキュラムを設定し、自国のシステムに適した方法を具体的に学ぶことができたと述べている。

ラオス 国立大学 大学院研究室長 Kaisone Phengsopha教授

ラオス国立大学のKaisone教授は、ラオスの教育の質はASEAN加盟国の中で最も低い部類に入ると、正直に述べた。特に新型コロナウイルスの大流行で、ラオスの大学は新たな苦境に立たされている。インフラや設備が乏しい中でもカリキュラムを中断させないために、学部も学生も複雑なテクノロジーを駆使した新しい学習方法を取り入れようと奮闘している。しかしKaisone氏は、ワークショップで学んだことの多くが、教育の質を向上させるために実践されていると断言する。とりわけ、日本の専門家が共有した、大学経営と教育の国際化のための戦略的計画の策定に関する知識は、2025年までの大学の5ヶ年計画を設計する上で大きく役立ったと言う。この計画には、CLMVの大学との学生・職員の交換プログラムや、海外の著名大学との共同研究プログラムなどが含まれている。また、大学のリーダーにとってSWOT(Strength Weakness Opportunities and Threats)分析の実践方法は、プロジェクトで得た最も重要な学びの一つであった。この分析手法によって、大学のリーダーらは、大学の課題はどこにあるのか、何を強化すべきなのかを明確にすることができた。ラオスでは雇用機会が少ないため、若い世代が自ら訓練を受け、新たな雇用機会を創出することが重要である。ラオス国立大学はこの課題に対処するため、ビジネス開発モジュールを開発し、すべての学習プログラムに導入することで、学生が自分の専門分野に関連したビジネスを立ち上げることを支援している。


第2回大メコン圏地方大学コンソーシアム学長フォーラム参加者集合写真
© 東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センター

プロジェクトの提案者である東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センターも、このプロジェクトを通じて多くの学びを得た。Romyen博士は、「多様な労働文化、ニーズ、能力を持つ異なる国々との共同プロジェクトは、私たちを成長させる機会となり、蓄積された専門知識は将来のプロジェクトに生かすことができます」と語る。加えて、このプロジェクトを通じて築かれた強固なネットワークと相互的な信頼は、大メコン圏大学コンソーシアム加盟の全大学にとって貴重な財産となっている。必要な際に助けや繋がりを求めて、互いに手を差し伸べることができるのだ。

2_GMS-UC-Project_Workshop.jpg教育・研究能力開発ワークショップでの活発な意見交換の様子
© 東南アジア教育大臣機構高等教育開発地域センター


日本は、ASEANの繁栄に貢献する高等教育の推進、また長期的かつ相互が裨益する、教育分野での協力の強化、そして人的交流の促進を、一貫して支援してきた。 日・ASEAN友好協力に関するビジョン・ステートメント1は、ASEANプラス3教育協力の連携と、ASEAN教育作業計画 2016-2020との補完性の確保を強調している。

 


1 日・ASEAN友好協力40周年を記念して、2013年12月14日に「日・ASEAN友好協力に関するビジョンステートメント」採択され、その後2017年8月6日に「実施計画改訂版」が採択された。


セクター概要

Education

資金援助の枠組み(ファンディング・フレームワーク)

ASEAN地域金融危機に関する緊急経済援助(EEA)

関連受益者の声

ASEAN経済の持続可能な発展を促進する、起業家ネットワークのためのASEANメンターシップ(AMEN)

ASEAN経済の持続可能な発展を促進する、起業家ネットワークのためのASEANメンターシップ(AMEN)

起業家精神は経済成長の中心にあり、中小零細企業(MSME)は、イノベーション、そしてASEAN域内の経済統合を促進する上で重要な役割を果たしている。2023年9月にインドネシアのジャカルタで開催された第43回ASEAN首脳会議では、ASEANの中小零細企業が持つ潜在能力が強調され、加盟国に対し、 包摂的なビジネスモデルの中で中小零細企業の強化を支援し、公平な成長のために一層支援を強めていく. ことが求められた。特に、ASEAN中小零細企業のデジタル化・グリーン経済・サプライチェーンといった分野において、ビジネスの包摂性を促進していく必要がある。 I多様な背景を持つASEANにおける起業家たちは、デジタルリテラシーや継続的なメンターシップの不足など、様々な課題に直面している。このような課題に対処するため、起業家ネットワークのためのASEANメンターシップ(AMEN)が設立され、包括的なメンターシップを提供し、起業家が自信とレジリエンスをもってビジネスの複雑性を乗り越えていけるよう支援している。AMENは、起業のどの段階においてもモチベーションが高まるよう、各個人に合わせて設計されたメンタリングプログラムを提供することで、起業家が抱える課題を解決に導いてきた。 今回はAMENのメンティー数名が、モジュール、メンターシップ、ネットワーキングを通じて、このイニシアティブが、いかに自身のビジネスの成長に貢献したかについて語った。
2024年2月19日
起業家ネットワークのためのASEANメンターシップ(AMEN)を通じたメンターの育成

起業家ネットワークのためのASEANメンターシップ(AMEN)を通じたメンターの育成

ASEAN地域内の経済統合において、中小零細企業(MSME)は大きな役割を担っている。中小零細企業(MSME)の規模や能力はさまざまであるが、多くの零細・小企業(MSE)は資金や資源の不足により、その存続に苦しんでいる。このような、ASEAN地域全体における中小企業共通の苦境に対処する効果的な手段は、中小企業の事業を拡大し、収益性と持続可能性を向上させるための、制度的な能力開発プログラムである「中小企業メンタリング」の実施である。 フィリピン起業家センター(PCE-Go Negosyo)のシニアアドバイザーであるMerly M. Cruz氏は、「政府による多くの中小企業 研修プログラムは存在したが、あらゆることを包括的かつ継続的に指導するメンタープログラムは存在しなかった」と述べる。Merly氏自身は、フィリピン貿易産業省(DTI)の地域オペレーショングループ(MSME開発部門)の元次官として、政府側で勤務 した経験がある。 2016年、フィリピン起業家センター(PCE)はフィリピン貿易産業省(DTI)と協力し、フィリピンで「Kapatid Mentor Micro-Enterprise (KMME)」プログラムという、官民連携(PPP)を取り入れた、MSME能力開発を目指すメンタープログラムに着手した。PPPを取り入れることで、フィリピン起業家センター(PCE)はフィリピン貿易産業省(DTI)の全国ネットワークを活用しながら、民間セクターからメンターを採用した。また、政府のバックアップにより、メンターシップ・イニシアティブの持続可能性を確保することが可能となった。
2020年12月30日
ASEANの国営放送局、ASEAN関連コンテンツ開発で協力

ASEANの国営放送局、ASEAN関連コンテンツ開発で協力

ASEANは、そのビジョンである 「ASEAN: A Community of Opportunities for All(全ての人に機会が与えられるコミュニティ)」を実現するために、長年にわたって大きな発展を遂げてきた。しかし、ASEAN共同体形成の意味をより深く理解することは、依然として困難な課題である。ASEANの人々の日々の暮らしを垣間見ることができる興味深いコンテンツを作り出すことは、ASEAN共同体がもたらす利益と機会を広く伝えるための重要な手段となっている。 メディアの役割は、アイデンティティの形成やコミュニティの構築において、ますます重要視されてきている。ASEANはメディア、特に国営放送局とのパートナーシップによって、ASEANとコミュニティとの橋渡しをしている。しかしASEAN諸国の国営放送局は、それぞれの限界に直面し、課題を抱えている。彼らにとっては、ASEANに関連したコンテンツを制作することだけでなく、メディア従事者の能力を向上させることも課題となっている。 ラオス国営テレビ(LNTV)の制作クルーらは、「日ASEAN協力に関するドキュメンタリー番組の制作を通じた ASEAN域内放送事業者の能力向上プロジェクト(ASEAN50周年記念)」の一環として、「ASEAN Now and the Future – Connectivity and Economic Corridors」に関する一連のドキュメンタリー番組制作に関与した経験を振り返った。制作チームは、プロジェクトの成果は、出来上がったドキュメンタリー番組そのものだけではなく、その制作を通して得た経験だと語る。一連の経験が彼らにとってどのような意味を持ち、何を得たのかを聞いた。
2020年9月29日